天皇賞秋の歴史

秋の盾を掴む!天皇賞秋の名勝負

天皇賞秋は、1937年から春と秋の年2回施行されていた「帝室御賞典」を前身とする歴史の長いレースで、1947年に天皇賞秋として第1回が開催されました。
古馬チャンピオン決定戦の意味合いが強く、旧八大競走の一つに数えられ、グレード制導入の際にはG1レースとして格付けされています。
帝室御賞典創設の背景には、明治期の日本が欧米の列強諸国と不平等条約を結ばされていたため、欧米の貴族文化の象徴とも言える競馬を積極的に取り入れ、外交交渉を円滑に進めたいという複雑な歴史的側面もありました。
第1回に限り東京芝2600mで施行され、その後は天皇賞春と同様に3200mでの開催となりました。
当時は天皇賞馬が再度天皇賞に出走して敗れると、威厳を損ねるという考え方があったため、一度天皇賞を制覇した馬は以後の天皇賞に出走できないという勝ち抜き制が採用されており、天皇賞を制した後に引退する馬が歴史上少なくありませんでしたが、1981年に廃止されています。
第2回以降の天皇賞秋は11月の東京開催に施行されていましたが、ジャパンカップが創設されたことにより1981年以降は10月の東京開催に定着しています。
海外遠征馬の度重なる惨敗や、新たに創設されたジャパンカップの結果を受け、日本競馬の国際化を推し進めることとなり1984年にグレード制を導入、時を同じくして天皇賞秋のみ距離が2000mに短縮され、以降は中距離馬のチャンピオンを決めるレースという意味合いが強くなりました。
当初はJRA所属の4歳以上古馬のみに出走資格が与えられていましたが、1987年からは3歳馬にも出走資格が与えられた反面、セン馬の出走は制限されました。
1995年には地方競馬所属馬も出走可能となったほか、2008年の改正後には3歳上の全ての馬が出走できるようになっています。
登録馬の優先出走順位は、収得賞金の多い順となっていましたが、2012年以降はレーティング上位5頭に優先出走権が与えられるようになりました。
2014年からはオールカマー、毎日王冠、京都大賞典がトライアルレースに指定され、それぞれの1着馬は優先的に出走できるようになりました。
外国産馬の出走に関しては、当初は制限がありませんでしたが、内国産馬の保護を目的として1971年から出走禁止となったものの、その後は諸外国からの門戸開放に関する意見もあり、2000年からは2頭まで出走可能となり、2005年以降は制限なく出走できるようになっています。